古典のススメ

古典を読んでみたい人のための古典紹介ブログ。

ダンテ 平川 祐弘訳 ギュスターヴ・ドレ画 『神曲』 その1

f:id:dokushozanmai:20141014184836j:plain ダンテ

はじめて『神曲』という書物に触れたのは小学五年生くらいのときだったかと思う。新しくつくられた県立図書館に行ってみたくて父親に連れて行ってもらったのだ。

 

僕はとある書棚の前で立ち止まり、分厚い本を取り出した。

 

小学五年生の、しかも田舎の小学校に通っていた僕に『神曲』などという書物を読み解く力があるはずもなかった。ただ、いつの日かこういう本を読めるようになったらいいなと、そう思いながら書棚に返した記憶がある。

 

あれから二十年以上の月日が流れた。

 

この本を読めるようになるには、僕はまだまだ力不足だ。それでも、いまの自分なりの到達点を確認する意味で、この本を取り上げたいと思う。

 

導く者

 

神曲』はダンテが地獄・煉獄(浄罪界)・天国を巡る壮大な叙事詩である。彼は詩人のウェルギリウスベアトリーチェ、聖ベルナールに導かれて地獄から天国までを一通り通過する。

 

f:id:dokushozanmai:20141014190043p:plainウェルギリウス

 

ウェルギリウスというのは紀元前七〇年から前一九年にかけて生きた古代ローマの詩人である。

 

この人が地獄の辺獄(リンボ)から始まって、煉獄山の頂上までダンテに付き添う。

f:id:dokushozanmai:20141014192743j:plain ベアトリーチェ

 

そして、後を引き継ぐのがベアトリーチェだ。彼女はダンテの初恋の人であり、二四歳の若さで夭折した人であるとされている。

 

彼女がダンテを最後まで導くかと思いきや、最後の最後で聖ベルナールが登場し、彼の導きにより至高天を体験する。

 

私は天国の全体の形は はや一望の下(もと)におさめてはいたが、まだ視線はどの部分にも定めてはいなかった。 新たに求知心が燃えあがった私は、念頭に浮かんだ疑問点を説き明かしてもらおうと思い、私の夫人の方を振り返った。だが、予期していたことと答とはちがっていた。ベアトリーチェが見えるかと思ったのだが、栄光の民の服装(なり)をした老翁(ろうおう)が一人そこにいたのだ。 目にも頬にも優しい喜悦の情があふれて、さながら慈父を思わせるような態度だった。 〔天国篇〕 第三十一歌 P600

 

地獄篇

私は腰をかがめ、その顔に手をあてて驚いて答えた、

「ブルネット先生、ここにおいででしたか?

「おお息子よ、差支えがなければ、このブルネット・ラティーノが、仲間は先に行かせ、君とならんで多少道を引き返したいのだが」

「先生是非左様お願いいたします。もし先生が隣に坐れとお望みでしたら、私の先達(せんだつ)の許しを乞うて、お近くに坐りますが」 

〔地獄篇〕 第十五歌 P107

 

 地獄篇第十五歌で描かれるのは、男色の罪で地獄に堕ちた彼の師匠である。しかし、ダンテの口調も態度も非常に丁寧で、師への敬意は失していない。

 

たがのはずれた酒樽にしても、私が見た男ほど真二つに割れてはいなかった。彼は頤(おとがい)から屁(へ)をひるところまで裂けているのだ。脚の間には大腸がぶらさがり、呑みこんだ食物を糞にする不潔な〔胃〕袋やはらわたも見えた。私が夢中になって見つめていると、彼も私を見返し、両の手で胸の傷口を開いて、叫んだ、 「さあ、俺が俺の体をどうやって引き裂くか見ておけ!めった斬りにされたマホメットがどのようなざまか見ておけ!俺の前を泣きながら行くのはアリーだ。頤(おとがい)から額の髪の生え際まで顔を真二つに割られている。 〔地獄篇〕 第二十八歌 P181

 

アリーというのは、マホメットの従弟で、後にその女婿になった人だ。第四代のカリフである。

 

ガリゼンタの塔は傾斜している方から見あげると、雲がその上を通るごとに、手前に倒れてくるような印象を受けるが、アンタイオスが腰を屈めた時、見 まもっていた私には同じような気がした。一瞬あまりの恐ろしさに別の道を行きたいと思ったほどだ。

〔地獄篇〕 第三十二歌 P208

 

小学生の頃、よく晴れた夏の日に学校の体育館を見上げたことがあった。その上を雲が流れていくと、ちょうどここに描かれているように建物が自分の方に向かって倒れてくるような印象を受けたものだった。

 

神曲』は巨大な建築物のようだ。であるから、筋を要約しようとしたり、解釈を加えようとするとかなりの長さの文章になってしまう。それは私の意図するところではない。

 

知らない街を訪れた旅人のような気分で、私は自分の興味がおもむくままにスナップ写真を撮ってみた。ここに引用させていただいた地獄篇の箇所は、そのようなものだと思っていただきたい。

 

神曲』を舞台にして、もう少しだけそのような旅を続けてみたいと思う。

 

神曲【完全版】

神曲【完全版】

 

 

シュテファン・ツヴァイク 片山敏彦訳 『人類の星の時間』

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 シュテファン・ツヴァイクのことは島地勝彦の著書の中で知った。かつてのヨーロッパでは大変高名な作家だったようで、歴史に関する著書が多数残されている。文明が誕生してこのかた、科学技術は格段に進歩したが人間自体はたいして進歩していない。人間は同じような仕方で成功と過ちを繰り返している。それならば、歴史に学ぶことで過ちを避け、成功に近づくことができるのではないか。

人類の星の時間

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芸術と生命との中で常にそうであるように歴史の中でもまた、崇高な、忘れがたい瞬間というものは稀である。多くのばあい歴史はただ記録者として無差別に、そして根気よく、数千年を通じてのあの巨大な鎖の中に、一つ一つ事実を編み込んでゆく。要するにどんな緊張のためにも準備の時がなければならず、どの出来事の具体化にも、そうなるまでの進展が必要だからである。一つの国民の中に常に無数の人間が存在してこそ、その中から一人の天才が現われ出るのであり、常に無数の坦々たる世界歴史の時間が流れ去るからこそ、やがていつかほんとうに歴史的な、人類の星の時間というべきひとときが現われ出るのである。P1-2

 

ツヴァイクは優れた文学者であった。それはこの序文に掲げられた文章を読むだけで分かる。人類の歴史の転換点を、闇夜に浮かぶ星の光にたとえる。空には無数の星々が瞬いているが、ツヴァイクはその中からほんのいくつかを取り出し、のこされた史料から歴史の転換点に登場した人物の内面を描き出す。

 

ナポレオンが敗北を喫したウォーターローの戦いにおけるグルシー元帥。ある駅の部屋で息を引き取ったレオ・トルストイ。南極探検でアムンゼンに先をこされたスコット大佐と彼が率いた人々。

 

ある章では史実をなぞるように、またある章では詩や戯曲の体裁をとって人物の内面の思考・感情を再生し、その筆致はそれぞれの星の時間、クライマックスに向けていよいよ熱を帯びていく。

人間の意志の力

ツヴァイクは人間の意志の力に注目する。不可能を可能にし、ときに悪神(デモーニッシュ)ですらあるその力は、歴史の転換点において重要な役割を果たす。そして、人間の意志に神が寄り添う。

 

ヘンデルが作り上げた『メシア』。創造の力を失い、世間から侮蔑的な眼差しを向けられていたヘンデルを失意の底から救い出し、文字どおり復活させるきっかけとなった曲。その創造はヘンデル個人の意志のみによるものではない。個を超越した存在である神を感じながら彼は三週間もの長きにわたってペンを走らせつづけたのである。

 

そして、出来上がった作品『メシア』は、二五〇年以上という圧倒的な時間による埋没を免れ、今なお輝きを放っている。

 

敗北

 成功の裏にはぴったりと敗北が張り付いている。それは同じ個人の中で発生することもあれば、ひと握りの成功者と数多くの敗北者という形であらわれることもある。しかし、敗北がただの敗北にとどまらないことがある。

 

なぜなら、単に偶発的な成功や、安易な成就は野心を強めること以上には出ないのであるが、全能の運命と十分に取り組んだ結果としての敗北は心情をもっとも崇高な仕方で高めるものであり、あらゆる悲劇のうちのもっとも堂々たるものである。P357

 

この文章はアムンゼンと南極点到達を競ったスコット大佐と彼が引き連れた人々について描いた章の最後に捧げられている。スコットはアムンゼンに敗れ失意のうちに帰還しようとしながらも、自然の圧倒的な力の前についに帰還を果たすことができず、南極の地で果てたのである。

 

ツヴァイクの描くスコットの様子は冒頭においてあまり好意的なものではなく、偉大な人物とは対照的な凡庸な人物とされている。しかし、スコットが競争に敗れ、自然の力の前に朽ち果てようとするそのとき、彼は彼の大切な人々にあてて手紙を書く。この場面にいたってツヴァイクの筆はいきおい、スコットという存在に対して賞賛を始めるのである。

 

ツヴァイクの描いた歴史

私はもともと歴史が苦手であった。高校時代の世界史のテストは一桁台の点数が多かったように記憶している。暗記などという、砂を噛むような思いをする無味乾燥な作業に着手することがどうしてもできなかったのである。

 

ツヴァイクのような一級の知性によって紡ぎ出された歴史の物語は、高校の教科書に書かれてあるような、脱水され漂白されてしまった記号の羅列とは全く異なる。人間の知的好奇心にうったえ、感情を揺り動かし、ある想いを抱えながらこの世を去らざるをえなかった歴史上の人物に共感をおぼえさせる。

 

歴史を記述するとは、とりもなおさず人間を描くことなのである。

 

人類の星の時間 (みすずライブラリー)

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