SHIMANAKA Takahiko

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【 コラム 】村上春樹はどのように小説を書いているのか―『職業としての小説家』をよみながら

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もともと小説家になろうと考えていた。

 

小説を書きたかったというよりも、小説家の仕事や生活の仕方に憧れていたのだ。

 

場所に拘束されず、自由な時間に仕事をすることができる。自分の納得のいくまで文章の完成度をあげ、なにより手をつかった仕事をできる。

 

そういったことに魅力を感じていたのだ。

 

高校生になったころから、小説家になるためになにをすればよいのか、自分なりに考え、実践していた。

 

まず、何よりも本を読まなくてはいけないだろうと思い、肌にあうものを読んでいた。家のわりと近所に古本屋があり、1冊100円の本をおおいときには10冊くらいまとめて買って、家で読んでいた。

 

吉本ばななの『哀しい予感』、中島らもの『今夜、すべてのバーで』、安部公房の『砂の女』、阿佐田哲也の『麻雀放浪記』。

 

名作や古典とよばれているものも読んでみたかったのだが、いかんせん歯が立たなかった。

 

大学1年生のとき、文学の講義を受講したのきっかけにドストエフスキーの『悪霊』と『罪と罰』を読んだが、内容はほとんどおぼえていない。読んだというよりも、字面を追っただけ、というのが正しい。バイトの休憩中に立ち寄った書店で高橋源一郎の『一億三千万人のための小説教室』という本をみつけ、買って読んだこともあった。

 

小説家になるためには、まず、小説を書きあげなくてはいけない。自分なりにいろいろと調べ、実践をしてみたのだが、小説が書きあがる気配はまったくなかった。

 

大学を卒業し、一年の就職浪人を経て、就職した。

 

小説家のように仕事をしたいという気持ちは、いつもどこかにあった。もちろん、これはボクが理想として考えている小説家の仕事の仕方であって、現実に小説家として仕事をするということがどういうことなのか、ほとんど知らなかった。

 

正職員として仕事をし続け、自分の理想を追求するという生活に疲弊していた。年齢も三十をこえた。

 

そんなころ、村上春樹の『職業としての小説家』という本に出会った。

 

村上春樹の本は、だいたいそうだが、とても読みやすい。これは、内容が分かりやすいという意味ではなく(もちろん分かりやすい部分もたくさんあるのだが)、文章のリズムが黙読するのにあっている、ということである。

 

この本のなかでもっとも印象的なのは、芝生に寝っ転がってビールを飲みながら野球の試合を観ていたとき、バッターがヒットを打ち、まばらな拍手が球場に響わたったそのとき、「そうだ、僕にも小説が書けるかもしれない」と、何の脈絡もなく感じたことが書かれてあるくだりである。

 

「天啓」を受けたといってもよい村上は、原稿用紙と万年筆を買って帰り、夜中に台所のテーブルで小説を書きつづけ、群像新人文学賞を受賞して、小説家としてデビューした。

 

さて、小説を書こうと思ったら、いったい何を書けばよいのか。

 

村上はいう。

 

「頭に思いうかんだことをそのまま書けばよい」

 

ある人は言うだろう。

 

「なにも思い浮かびません」

 

そういう人は、別に小説を書かなくてもよいと思うのだが、それでも自己表現をしたいという気持ちが自らのなかに強くあるのだろうと思う。

 

なにも思い浮かばないというのは、実は勘違いだ。言い換えると、自分のなかにあるイメージを、とるに足らないものであると勝手に判断して切り捨てているのだ。

 

自分自身による自己検閲、と言えばいいだろうか。

 

ボクはそうだった。

 

素材で勝負しようとするから、そういう発想に陥りがちになる。料理で例えれば、高級な食材でなければ美味しい料理をつくることはできないと言っているようなものだ。

 

素材がありふれていても、味付けや調理方法を工夫することで、美味しい料理をつくることは可能だ。

 

さいころの記憶を呼び起こしてみよう。

 

階段の隅にたまった埃。物置部屋の匂い。通っていた塾の、練り消しゴムのような匂い。ある晴れた日に、自宅の二階の窓から見えた、ずっと遠くに浮かんでいる飛行船。

 

小説の素(もと)になるのは、こういった自分のなかに蓄積されている(あるいは蓄積しようとつとめた)記憶の断片である。すなわち、イメージのかけらだ。

 

これらをパーツのように組み合わせて小説を書いていく。

 

いったい、どうやって?

 

村上が参考にしたのは、ジャズだ。ジャズという音楽を成立させているさまざまな要素を参考に、イメージの断片をつなぎあわせ、小説を構築していく。

 

思いつくままに、どんどん書き進めていくそうだが、そうなると当然、つじつまの合わないところがいくらもでてくる。登場人物の性格ががらりと変わってしまうし、時系列もめちゃくちゃであるらしい。

 

第一稿を書きあげ、しばしの休息をとった村上は書き直しにはいる。つじつまの合わない箇所を、一つひとつ修正していくのだ。彼は、この書き直しを幾度も繰り返していく。

 

文章の調子を繰り返し確認し、句読点の位置を何度も確かめる。

 

村上春樹の書く文章が読みやすい理由は、このあたりの作業に求めることができるだろう。自分の書く文章が読みにくくて悩んでいるひとは、同じように(ときには文章を声にだして)推敲を繰り返すといいと思う。

 

小説を構築するために、イメージをつなぎ合わせるときに参考にするロジック、文法は、必ずしもジャズである必要はないだろう。

 

自分が読んだことがある小説や、好きでよく観ている映画、料理の作り方なんかも参考になると思う。自分がみた夢なんかもいい。夢は、素材としてのイメージといい、展開していくロジックといい、とてもいいんじゃないかと感じる。

 

ちなみに、ここまで偉そうにいろいろと書いてきたが、ボク自身は小説を書きあげたことはない。だから、なんでお前はそんなに自信をもって断言できるんだと言われると返す言葉はない。

 

この先、もし小説を書きたいという気持ちが自分のなかに自然と湧き上がってきたら、いま言ってきたような考えに基づいて書くだろうと思う。

 

さしあたっては、ブログを書くことで満足してしまっているのだが。

 

イメージを蓄積しようと思ったら、ものごとを仔細に観察する必要がある。「違い」に敏感にならなければいけないのだ。きょう、頭上に晴れ渡って広がる空は、昨日みあげた空と一緒ではない。毎日をいっしょに過ごしている家族やパートナーも少しずつ変化しているだろう。

 

ものごとに敏感になろうと思ったら、感性を磨く必要がある。そのために、ときには知識も役に立つ。知っていれば「違い」に気づくことあるのだ。

 

さいごにひとつだけ。

 

村上春樹は、年若いときに英語で書かれた小説をたくさん読んだそうだ。いまも英語で書かれた小説の翻訳を精力的におこなっている。

 

夏目漱石芥川龍之介は漢文に親しんでいたそうだし、ポール・オースターはたしかフランス語に長けていた記憶がある。

 

文章を生業にしている人たちは、おしなべて、母国語以外の言語に習熟している傾向がある。

 

ボクはこのことについて昔から考えをめぐらしているのだが、一言でいえば、言葉に敏感になるということなのだと思う。

 

外国語(現代を生きる人間にとって、漢文は外国語みたいなものだ)に親しむことによって、自分がつかっている母国語を相対化できる。

 

相対化とは、すなわち、外から眺めることであってそれによって長所や欠点といった特徴がよく分かるようになる。

 

この考えにしたがって、自分なりに英語を勉強し、漢文に親しんできたつもりだ。

 

その成果がでているかどうかについては、ボクの文章を読んだひとがそれぞれに判断してみてほしい。